「明日の入学式、娘のランドセル姿を主人に見せてあげたかったな・・・」
昨年の9月に39才という若さで大黒柱であるご主人さんを突然の病気で失ってしまったTさん(仮名)は、周りの協力を得て医療関係の資格を生かした仕事を続けています。
住宅ローンは団体信用保険によって支払いが終了し、遺族年金も受給していますが、さらにご主人が生前に加入していた収入保障保険から遺された家族の生活費として月額十数万円を受け取っています。
保険コンサルタントとしては、生前のご主人様の想いを形に出来、日頃意識している出口(保険金の請求・支払い)の部分をしっかりカバー出来たと自負しておりました。
昨日までは・・・
それはあくまで表面的な目に見える部分でしかなかったのです。Tさん物理的にも精神的にも、もがき苦しんでいたのです。
ご主人様のご実家からの誹謗、叱責、軋轢。
パパを亡くした子供たちの埋めきれない心のケア。
日常起こりうる、些細な事への不安。
ライフプランやシミュレーションといった机上の世界では推し量る事の出来ない、当事者だけが体感する果てしない闇。
「保険金の受け取り方はこのままでいいのか?」 「もしも自分に何かあったら、子供たちは大丈夫だろうか?誰が育ててくれるのか?」 「将来、長男の嫁としてどのように振る舞わねばならないのだろうか?」 「私個人の幸せを求めることは今後許されないのだろうか?」・・・尽きぬ不安。
いざというときに必要なモノを必要な形とタイミングで用意する事を使命だと思っていた、それ自体に何の変化もブレもありません。
ただ「しっかりと出口のお手伝いを致します!!」と口にしていた自分は、本当の意味でパートナーとはなり得ておらず、亡くなってもうすぐ一年が経過する今、やっとそれに気づいたのです。
「出口」と思っていたその部分は、残された遺族にとっての長いスタートラインに立ったに過ぎない事を思い知らされ、やるべきこと、やらねばならない役割は、山ほどあると自覚し、この仕事を続けて行きたいと決意を新たにした次第です。
◎生命保険を選ぶときのポイントは?
(ライフコンサルティング部 田村哲也)






